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阪神大震災から20年が経ちました。

2015.01.17

阪神大震震災からちょうど20年です。
改めて、犠牲になられた方々に、心からの哀悼の意を表したいと思います。
地震が発生したのは、私が政治の世界に入るため、会社を離れてちょうど二年経った頃でした。当時、マンションの11階に住んでいたのですが、強い揺れが随分長い時間続いたのを覚えています。そして、程なく、大変な震災が起きたことをテレビが報道し始めました。
私が現地を訪れたのはそれから一週間後で、友人の車で、北回り(中央道)で、神戸に入り、その友達のお兄さんを見舞った後、友人と一緒にバイクで現地を回りました。とにかく、目の前に広がる光景は信じられないもので、表現は正しくないかもしれませんが、戦争というのはこういう風になるのかもしれないと思いました。多くのリュックサックを背負った人々が食料などを求めてでしょうか、黙々と同じ方向に歩いていたのです。ただただ、黙々とでした。
あれから20年経つわけですが、あの震災以来、日本でもボランテイア活動が普及したと言われています。そして、私も96年に初当選させていただき、当時の体験や、改めて現地に入り仮設住宅に泊ったりして、被災者の皆さんの声を聞き、避難住宅の環境改善に力を尽くしたり、当時、個人の資産に公金を支出することが行政の公平性としては出来ないと言われていたのを、住宅再建にも国からの支援が出来るシステムの法案成立にも力を尽くしました。
また、耐震性や、その他災害により強いまちづくりのための規制法などの成立にも努めました。その後、東日本大震災発災時の発災時には、少しでも当時の経験を役立てようと努めました。
また、私の父の友人は、神戸の大学院で学んでおられたご子息を失くされました。本当につらい話であり、関係者が創設された、彼が目指していた分野で学ぶ学生たちを支援する基金の応援にも協力しました。
東日本大震災の際、自助、共助、公助が注目されましたが、阪神大震災を機に高まった防災に対する関心は、多くの防災関係のNPOを生みましたし、そうした皆さんが上げてきた成果には目を見張るものがあります。残念ながら、災害は防ぐことはできないのであり、いかに被害を小さくできるかが非常に大きいわけです。
あれから20年、改めて犠牲になられた方々に、哀悼の意を表するとともに、今なお残されている課題を忘れることなく、災害に強いまちづくり、災害が起こった際の自助、共助、公助の充実のための施策を進めていきたいと誓っています。