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お知らせ

永年在職議員表彰を受けました

2021.10.13

10月11日、近藤議員は永年在職議員表彰を受けました。支えていただいている全ての皆さんに心から感謝申し上げます。本会議場では代表(最年長の方)挨拶だけでした。近藤議員の挨拶は、本会議議事録に掲載されますが、ここに感謝を込めてのせさせていただきます。
「このたび、院議をもって永年在職表彰をいただき、心より感謝申し上げます。
私の父は名古屋市会議員を務めておりました。その意味で私は政治を身近に感じてきましたし、父の活動に敬意を抱いていました。しかしながら、選挙活動には関心を持てず、大学卒業後、社会の公正を実現のために働きたいと地元の中日新聞社に入社しました。決して裕福でない家庭に生まれ苦学して大学を卒業した父の信条は、社会とは、一人ひとりの尊厳が護られ、誰もが安心して暮らせる、公平公正なものであるべきだということでした。
私は、新党さきがけを立ち上げた武村正義さんが唱えた「小さくともキラリと光る国・日本」に大きな親近感を持ちました。遡れば、石橋湛山の「小日本国主義」であり、「決して軍事大国を目指さず、経済成長至上主義に陥らず、美しい地球を継承させるため、国内外で積極的な役割を果たす平和国家」です。
中学生の時に見たユージン・スミスさんの水俣の写真は衝撃でした。人の命よりも経済成長を優先した、あのようなことを二度と起こしてはならないとの思いで、当選後「水俣」の問題にも取り組みました。しかし、未だに道半ばです。現在もまた同じことが繰り返されています。10年前の東日本大震災の被害においても、政治は被災者に寄り添い遂げていません。私は、2012年、原子力委員会委員会設置法の与野党協議の責任者として発電用原子炉の運転期間を原則40年に制限する条文を法文化しましたが、最近では、事故のことを忘れたかのごとく、期間延長の例外規定により空文化されつつあります。
あっという間の25年でした。しかし、インターネットなどは、大きな変貌を遂げました。個人で映像を載せるなどということは、かっては考えもしなかったことです。それが今では、ライブで映像を流したり、双方向でのやり取りも出来るようになりました。民主主義のツールは圧倒的に多くなったといえます。
一方で、政治をどれだけ変えられたのでしょうか。初当選から25年、まだまだ多くの政治課題があります。私自身、何をしてきたのかという忸怩たる思いです。しかしながら、多くの方に支えられてここまで来ました。心から感謝しています。改めて直面する課題の克服のためにこの経験を生かし、あきらめることなく努力を続ければ、最後には成功するという「愚公移山」の精神で、25年前に描いた夢の実現ために頑張りたいと思います。」